インタビュー

計画ゼロから挑戦の日常へ——訪問看護「first」代表の覚悟

計画ゼロから挑戦の日常へ——訪問看護「first」代表の覚悟

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「計画性ゼロ、でもやるしかない——」

そう振り返るのは、神戸の訪問看護ステーション「first」代表の髙橋。

救命救急の現場で鍛えた判断力と、どんな状況にも対応できる柔軟性を武器に、「どんな症例もできるだけ断らない」方針を貫く経営者です。

今回は広報担当が、髙橋に創業の舞台裏をじっくりとインタビュー。思わぬ方向転換から始まった起業、ゼロから組織を築く中での失敗と学び、そしてスタッフ全員が挑戦を日常にする職場文化まで——たっぷりと語ってもらいました。

「やるしかなかった」——背水の陣から始まった社長人生

——起業のきっかけは何だったのでしょうか?

もともと神戸で訪問看護をやりたいという思いはありました。そんな中ちょうど、東京の会社から「子会社にして社長にしてもいい」という話をもらって、一度は乗り気になっていたんです。将来の道筋が見えた気がして、迷わず前の事業所も退職しました。

そして、新しい挑戦への一歩として臨んだ最初のミーティングで、私は胸に抱いていた熱い思いを伝えました。

「訪問看護で救急車の出動を減らしたい」

「看護師としてこんなキャリアを築きたい」

しかし、返ってきたのは冷たい一言でした。

「君のやりたいことなんかどうでもいい。お金を稼ぐことだけ考えろ」

その瞬間、体の奥から熱が引いていくような感覚がありました。自分が大切にしてきた訪問看護の意味や目的と、目の前の相手の価値観が、決定的に違うと悟ったのです。

自分が大切にしてきた訪問看護の意味や目的と、相手の価値観があまりにも違う。そう確信して、その場で離れる決断をしました。

しかも、それは前の事業所を退職して、わずか2日後の出来事です。

——そこからどんな行動を?

ミーティングを終えた私は、その足で副代表に電話をかけました。以前の職場で共に働いていた仲間であり、信頼できる存在です。

これまで副代表とも「東京の会社が出資してくれるなら、訪問看護を一緒にやろう」と話を進めていましたが、私が今回の件で相手と衝突し、計画は白紙に。事情を説明すると、副代表はすぐに駆けつけ、「優太がやるなら俺もやる」と即答してくれたのです。

当時、阪神タイガースのクライマックスシリーズのチケットを手にしていたんですが、無職になることが決まった人間が野球観戦なんてできませんでした(笑)。野球好きの僕にとってはかなり痛い決断でしたが、「この時間はすべて起業準備に使うべきだ」と思い直し、すぐに動き出しました。開業月を2022年4月に定め、会社設立の方法もGoogleで調べながら準備を進めていきました。

あの日、チケットを手放したことが、自分の中で「もう後戻りはしない」という覚悟の証になりましたね。

救急育ちが選んだ、“断らない”訪問看護

——なぜ「断らない」方針を貫くのですか?

私は救命救急センターで、一次から三次救急まで全てを受け入れるER型の立ち上げに関わりました。軽症の擦り傷から心筋梗塞や重度外傷まで、とにかく来た患者は全部診る。救急の現場では「うちはこういう患者は診ません」という選択肢はありません。

その経験は、今の訪問看護にもそのまま活きています。依頼を受けたら、まず「どうやって受けられるか」を考える。やらない理由ではなく、やる方法を探す。もちろん現場の負担はゼロではありませんが、チームで協力し合う体制をあらかじめ整えているので、一人に過度な負担がかかることはありません。

むしろ「自分たちだから救えた」という達成感や、自分のスキルを活かせたという実感がスタッフのモチベーションになっています。

——実際に印象的な対応例はありますか?

金曜の夕方、「明日から訪問できませんか?」という依頼が入ることは珍しくありません。人員の都合や対応範囲の理由で多くの事業所で断られるケースです。以前あったのは、ゴミ屋敷の中で寝たきりの方のケース。家の中は足の踏み場もなく、まずは掃除機をかけ、ベッドを搬入するところからスタートしました。

医療行為とは直接関係ないかもしれません。でも、その環境を整えることで、利用者さんの体調は大きく変わります。結果的に救急搬送を防げたこともありますし、「週末でも動いてくれる」という信頼は、その後の関係性を大きく変えます。

社員もつられて挑戦する——first流チャレンジ文化

——挑戦が根付いている職場文化は、どのように作られたのでしょう?

まずは、自分がやることです。口で「挑戦しよう」と言うのは簡単ですが、それだけでは誰も動きません。社長である自分が本気で挑戦する姿を見せることが、一番の説得力になると思っています。

その象徴が、firstのランニング文化です。社内には「ランニング部」があり、タイミングが合えば勤務後にはスタッフ同士で長距離ランをすることもあります。実際に、ステーションから甲子園まで約14kmを走ったこともありました。私自身も2月から本格的に走り始め、目標に向けて逆算しながら取り組む姿勢は経営にも通じると感じています。

私自身、月間130キロ走ると決めたら必ず走りますし、初めてのハーフマラソンやフルマラソンにも迷わずエントリーしました。副代表もフルマラソンを3時間半で走る実力の持ち主で、月に200キロ近く走ることもあります。

こうしてトップが本気で挑戦している姿は、数字や結果でもスタッフに伝わります。ランアプリのランキングには、私や副代表と並んでスタッフの名前が並び、距離を競い合う光景が日常です。「社長が走っているなら自分も挑戦してみよう」と、それぞれの形で行動を起こすスタッフも出てきました。中にはジムに通い始めたスタッフもいて、これまで一歩を踏み出せなかった人が新しいチャレンジに取り組む姿が見られるようになっています。挑戦が日常になると、失敗することへの恐怖も薄れ、自然と前向きな空気が広がっていきます。

もちろんランニングは強制ではありません。新しい資格取得に挑戦する人、難しい症例のケア方法を勉強する人など、挑戦の形は人それぞれです。

——失敗への恐れはないのですか?

全くありません。私自身、学生時代は野球部に所属していて、その頃から「見逃し三振より空振り三振の方がいい」と言われて育ちました。ボールを見送って終わるより、思い切り振って空振りした方が、何が足りなかったのかが分かりますし、その経験は必ず次につながります。

経営や現場の仕事も同じで、やってみてダメなら修正すればいい。挑戦しないまま終わる方が、よっぽど後悔します。スタッフには「失敗してもいいからまず動こう」と常に伝えており、その姿勢が今のfirstの活気につながっていると思います。実際、失敗を責めず挑戦を歓迎する文化が根付いており、これはfirstの行動指針にも示されています。

現場の声は即対応——1週間で制度化する決断力

——経営で意識していることは?

常に意識しているのは「柔軟さ」と「スピード感」です。制度や社会の動きは待ってくれませんし、経営が長く続くかどうかは、その変化にどれだけ早く対応できるかにかかっていると思っています。

最近の例で言えば、「暑いけど、寒いけど訪問頑張ろう手当」です。夏の炎天下や冬の極寒の中で訪問するスタッフから、「この時期は体力的にも出費的にも負担が大きい」という声を聞きました。暑さ対策のドリンク代や、寒さ対策のインナーなど、細かい出費が積み重なっていると知り、すぐに「じゃあ手当をつけよう」と決断しました。

その場で制度の概要を固め、1週間後には運用を開始。勤務日数や職種で条件を分けると不公平感が出て士気が下がるので、全員一律5,000円にしました。スピード感を持って動くことで「現場の声をちゃんと聞いてくれている」という信頼が生まれますし、それが次の意見やそれが次の意見や改善提案につながり、言われる前に動く文化を育てています。

——即決できるのはなぜでしょう?

迷っている時間の方がもったいないからです。特に現場の負担や安全に関わることは、一日でも早く改善すべきです。制度導入が遅れれば遅れるほど、スタッフのモチベーションは下がりますし、何より「どうせ意見しても変わらない」という空気が広がってしまう。それを防ぐためにも、決断と実行はセットで最速にしています。

休みやすく、伸びやすい——キャリアも家庭も支える職場

——働きやすさのためにどんな工夫を?

僕自身が看護師なのでよく分かるのですが、現場で「休みたい」と言い出せないのは本当にしんどいことです。だからこそ、急な休みにも対応できるよう余裕のある体制を整え、気兼ねなく休める職場づくりを大事にしています。その方が、スタッフも無理なく長く続けられると思うんです。

特に子育て中のスタッフが「今日は子どもの行事で」と気軽に言える雰囲気は大事にしています。人数に余裕がないと、こうした一言が言いづらくなり、結局無理をして働くことになります。それでは長く続けてもらえません。

また、年5万円までの研修支援制度を設けています。訪問看護の専門スキル向上だけでなく、外部研修や資格取得など、自分の将来に投資する機会を持ってほしいと思っています。利用者、会社、スタッフそれぞれがメリットを得られる“三方よし”の働き方をつくることが、最終的には地域への貢献にもつながると考えています。

求めるのは“芯”を持つ仲間——条件より姿勢

——採用で重視しているポイントは何ですか?

経験やスキルはもちろんあれば嬉しいですが、それ以上に大切にしているのは「言ったことをやりきる力」です。以前は「この人を採用したい理由」を探していましたが、今は「長く一緒に働けるかどうか」を見極めるために、面接ではお互いの考えや価値観を丁寧に確かめるようにしています。

なぜかというと、面接では誰しも良い面を見せようとしますし、勢いで「やります!」と言うこともできます。でも、その後もその姿勢を続けられる人こそ、firstで長く活躍できると感じています。だからこそ、お互いに本音で話し、フィット感を大切にしています。

柔軟さと同時に、自分なりの芯をしっかり持っている人。環境や制度が変わっても前向きに対応し、自分の軸をぶらさずに挑戦できる人。そういう人を歓迎します。

——そういう人に共通する特徴はありますか?

共通しているのは、現場の変化に目を向けて柔軟に対応できること、そして自分の強みを活かしながら役割を果たせることです。自分の意見をしっかり持ちながらも、人の話をよく聞き、吸収できる人は強いですね。

たとえば、新しい訪問先や急な依頼があったときに、状況を素早く把握して動ける人。利用者さんやご家族、他職種の方の声を受け止め、自分なりに工夫してサービスを提供できる人は、短期間でぐんと成長します。現場は毎日状況が変わりますから、その中で柔軟に動きながら、自分の強みを発揮できる人が伸びていくと思います。

全員が同じように動く必要はありませんし、「デコボコしていていい」と考えています。得意なことや好きなことを活かしながら、それぞれの役割を果たせる人が、長く活躍できる環境を作りたいですね。

firstが目指す、これからの訪問看護

髙橋さんの経営は、救急の現場で培った即断即決の判断力と、挑戦を促す組織文化に支えられています。「断らない」訪問看護は地域の暮らしを守る信念そのもの。

「現状に満足せず、挑戦を楽しみたい」そう思える人にとって、firstは自分の力を存分に発揮できる場所になるはずです。

——最後に、これから応募を考えている方にメッセージをお願いします。

まずは一歩踏み出してほしいですね。経験やスキルが完璧じゃなくても構いません。大事なのは、やると決めたらやりきる姿勢です。私たちも全力でサポートします。

あなたも、ここ神戸で、私たちと一緒に地域医療を前進させてみませんか?